年末(脳内)調整

 

 

 

パソコンにあまり触らないからブログも今日を境に、また三ヶ月ほど更新しないと思う。

 

どうして今日にかぎって文章を書こうと思ったか。

 

多分こころの整理が出来てきたんだろう。

遠くの友達に話したいことが出来たからだろう。

あと年末だからだろう。

 

今年は沢山の決断をしてきた。

 

絵のことに関しては、始めてみようと決断し、そして辞めた。

仕事に関しては、新しい仕事を紹介してもらい、頑張っている。

私生活に関しては…それはもう一生に一回でいいような決断をした。

 

依存から抜けられる人間は一握りで。

両親のようにタバコを辞められないように、

私も生活のほぼ全ての時間を費やして全力で溺れるような依存をしていた。

このまま毒を吸いながら甘い沼に沈んで目も耳も喉も潰れて声すらあげられなくたって、

くるしくなったとき、いつでも死を選べばいい。くらいの感覚で過ごしていた。

手を伸ばしてくれる人がいたけど、掴んではいけない手だと思っていた。

私のことなど放っておいて。私のことを考える時間なんて無駄になってしまうから。

君を幸せに出来る人はこれから先たくさんいるから。私じゃなくても大丈夫。

でも私はここでしか生きていけないから。私には先なんて無いから。

勝手な思考で、拒絶。

これが依存の恐怖。それがどんなに悪でも、それなしでは生きられないと思ってしまう。

けど一度でも伸ばされた手があるとそれが光みたいに見えて。

くるしくなく、生きられる。甘い囁きなんかじゃなかった。

対等で、まっすぐで、純粋で、痛いくらい強くて、何よりも信じられる。

すがることなくここから出たら、自分の足で立って、同じ場所に立って、

私を待つ君の手を掴めるように。

そうして私の依存は、四年目の冬のはじめにおわった。

 

恐らく私のしょうもない一生の中でとてつもなく意味のある一年だった。

 

自分のこと、他人のこと、家族のこと、これからのこと、………。

平たく世間的な書き方をすれば、人生経験を積んだ。なんだろうけど。笑

 

依存したまましんだってそれはそれで幸せだったと思う。

負い目を感じながら不幸を引きずって、申し訳なく生きていたと思う。

君の手を取れなかった私を呪いながら麻痺した幸せで窒息していたと思う。

いま思えば、だけど。

 

私を築く要素としては母親の次くらいに影響の大きい人なのは変わりない。

中学生の頃は「将来の夢はお嫁さん」とか言う女子を冷ややかに見てた。

自分にしか出来ないことをしたい。そして幸せに。それはマンガだ。

依存し始めて、やっぱり女子を冷ややかに見てた。

結婚がどうした。結婚しなくたって幸せになれるんだ私は。

依存が強まって、一転。あの女子たちの思考を尊いと感じ始める。

なんて脆弱な夢だったんだ私の夢よ…と呆れるほどに絵を描かなくなった。

思えば私そんなに絵うまくねえな。と現実に戻ってみたり。笑

そうして今も絵はあまり描かない。むしろ描くほうが思い出しそうで。

 

新しく描きたい伝えたい物語が浮かぶまでのんびり生きていこう。

紙の中の世界に依存していた私にも少しの間お別れしよう。

君と一緒にいることが、今の私の幸せだから。

 

今からマンガで飯を食うことを目指したって遅くはない。

でも今のところ私の将来の夢は「お嫁さん」なのである。

 

来年の私よ、どうかお幸せに。